ぼーの の日記

セイバーメトリクスとか

投手の制球力を定量化する

投手の投球スキルは「制球力(Command*1)」と「球質(Stuff)」の2つから大きく構成される。今回、このうち制球力(コマンド力)について定量化を試みた。

評価方法

コマンドとは一般に、狙ったコースに投げる能力のことを指すが、投手の狙うべきコースとは具体的にどこで、失点抑止にどの程度働いているのだろうか。まずはここから調べる必要がある。

今回、Pitch Value(PV)*2を用いて打者を抑えるのに有効な投球コースを客観的かつ定量的に評価した。具体的には球種、コース、カウントごとにPVを計算し、その大小から望ましいピッチコースや失点抑止量について調査した。

投球コースの分割方法は様々な考え方があるが、今回はFig.1のような5つの領域に分割した。*3

Fig.1 投球コースの分割

 

21年NPBデータを用いて、球種・コース・カウントごとに100球あたりのPV(PV/100)を計算した結果をTable.1に示す。PV値が大きいほど失点抑止量が大きいことを表す。

このデータは、リーグの平均的な投手が各コースに投じたときのPV値であり、言い換えれば「平均的な"球質"をもつ投手に期待されるコース別PV値」とも表現できる。 このPV表 と 選手のコース別投球割合 を組み合わせて得られるPV値は、球質が平均化された、すなわち球質の情報が取り除かれたPV値であり、選手のコマンド利得に相当するのではないかと考えた。

Table.1 球種・コース・カウント別 PV/100(21年 NPB

 

阪神 秋山、ソフトバンク 千賀のストレートを例に実際に計算してみる。Table.2は秋山と千賀のストレートのコース別投球割合を示している。カウント0-0、Heart における投球割合は 秋山の場合 9.0 %であり、投球数にすると77球である。Table.1より、 カウント0-0、Heart のPV/100は2.1なので、秋山が当該シチュエーションで獲得した利得は2.1 / 100 × 77 = 1.6となる。この計算をすべてのコース・カウントについて行い、合算すると最終的に +4.3 となる。この数値をここでは zPV (Zone Pitch Value, Pitch Value earned by pitching zone) と呼ぶ。同様の計算を千賀についても行うと、zPV = -2.4 が得られる。

以上の計算結果より、秋山は千賀よりも優れたコマンド力をもっており、失点抑止量にして約 6 点分の差があると推計できる。

Table.2 秋山、千賀のストレート コース別投球割合

 

21年 zPV/100ランキング

2021年の100球あたりのzPV(zPV/100)のランキングをTable.3にまとめた。

Table.3 21年NPB zPV/100ランキング

 

ストレートのzPV/100トップは意外にも(?)ヤクルトの原投手。高い zPV/100 を示した要因としては、サンプルサイズが小さいことも一つだが、コース別投球割合(Table.4)をみるとHeartゾーンへの投球の多かったことも影響している。Table.1からもわかるように、実はHeartゾーンは一定の失点抑止力があり、原はこのゾーンに多く投じることでzPVを稼いでいたようだ。zPVはあくまで「失点抑止力の大きいゾーンに多く投じていたかどうか」を機械的に測る指標であり、実際に原がコマンド力を発揮してHeartゾーンに投げていたかどうかを直接表すものではない点に注意が必要である。

Table.4 ストレートのコース別投球割合(%)



もう一つ意外な結果としては、千賀のフォークのzPV/100が低水準だった点である。千賀のフォークといえば球界屈指の威力を誇るが、制球面ではそれほど優れていなかったのだろうか。

ここでひとつ懸念されるのが、変化球の変化量に応じた適性ピッチゾーンの違いである。千賀のフォークのように平均よりも変化量が大きい変化球は、狙うべきゾーンも平均と異なるはずであり、Table.1の PV表をそのまま計算に使用すると正確な評価ができないことが懸念される。

Table.5に千賀のフォークのコース別投球割合と空振り率(SwStr%)を示している。投球割合をみると、リーグ平均と比べてWasteの割合が高いことがわかる。また空振り率を見ると、Wasteの空振り率はリーグ平均を上回っており、有効な投球ゾーンであったことがうかがえる。

Table.1からもわかるように、平均的な投手がWasteゾーンにフォークを投じるとzPVはマイナス評価となる。これは、千賀のようにWasteゾーンを有効活用できる投手にとって不利な評価となってしまう。現状、これを補正する手段はなく、zPVの短所としてひとつ頭に入れておく必要がある。

Table.5 フォークのコース別投球割合と空振り率

 

球質利得の推定

実際の投球結果から計算される PV (またはxPV) は当然ながら「コマンド」と「球質」の両方の情報を含んでいる。ここで zPV が純粋なコマンド利得に等しいと仮定すると、PV (またはxPV) から zPV を差し引いた値は球質による利得に相当するはずである。

今回、この仮定が成立するものとして球質の利得 (sPV, stuff Pitch Value) を推定した。阪神 秋山、ソフトバンク 千賀のストレートのsPV推定結果をTable.6に示す。秋山はコマンド利得(zPV)が大きかったが、総合的な利得(xPV)は平均レベルに落ちついており、球質(sPV)によるマイナスが大きかったと推測される。千賀は zPV こそ低かったものの、xPVは高く、優れた球質を有していたことがうかがえる。

Table.6 秋山、千賀のストレート sPV推定

 

21年投手のsPV/100ランキングをTable.7に示す。

ストレートのトップはヤクルト星投手。平均球速は146km/hとリーグ平均レベルで飛びぬけて速いわけではないことから、ボールの変化量を武器としていたことが想像される。実際、期間限定で公開されていたホークアイのデータによれば、星のストレートの縦変化量はヤクルト投手の中で4番目であり、高いホップ量で打者を抑えていたことがうかがえる。*4。伊勢や松井裕も平均球速が146-147km/h程度と特別速いわけではないので、変化量による貢献が大きいと思われる。

変化球についてはあまり詳しくないのでデータだけ載せておく。

Table.7 21年NPB sPV/100ランキング

 

最後に、「xPV/100とzPV/100」および「xPV/100とsPV/100」の相関をFig.2に示す。xPV/100とzPV/100の相関係数は0.46と弱い相関であり、投球に与えるzPVの影響力はそれほど大きくないようである。重回帰による影響度解析でざっくり試算した結果では、投球に占める zPV と sPV の影響度比率は1:2程度であることがわかった。

Fig.2 xPV/100 との相関(投球数200球以上の投手)



 

*1:"Command"という言葉は、現在は「狙ったところに投げるスキル」として一般的に用いられるが、こちらのサイトによれば、もともとは「球質の再現性を保つスキル」という意味だったようである。本稿における"Command"は前者の意味として使用する。

*2:NPBでPitch Valueと環境中立的Pitch Valueを計算する|Namiki|note

*3:基本的な考え方や領域の名称はこちらを参考にしている。サンプルサイズを確保するため、高め・低め・内角・外角といった分割は行なっていない。

*4:MLBの分析よりホップ量の多いストレートは失点抑止力が高いことがわかっている。フォーシームを再定義する|Namiki|note