ぼーの の日記

セイバーメトリクスとか

アームアングルとフォーシーム

「アームアングル」と「フォーシームの球質」の関係性について、MLBのStatcastデータを用いて分析を行った。今回の分析で確認された定性的な傾向は、どれも広く認知されているものだが、具体的なデータはあまり整理されていないように感じたので、簡単に紹介する。

アームアングルの算出

アームアングルの算出は以下のサイトを参考にした。

www.rundownbaseball.com

「リリース位置」と「肩の高さ」を取得し、下画像のようにして腕の角度 θ を算出した。肩の高さは 身長 × 0.7 で推定している。

Fig.1 アームアングルの計算

21年MLB投手について計算した結果をFig.2に示す。一般に、θ=0~40°はオーバースロー、θ=40~70°はスリークォータ、θ=70~90°はサイドスロー、θ>90°はアンダースローに分類される。

Fig.2 21年MLB投手 アームアングル

 

θの最小値は Greg Holland 投手で、角度はわずか1.3°であった。体を一塁側に大きく傾けることで頭の真上に近い位置でリリースしていることがわかる。

www.youtube.com

 

最大θ は Tyler Rogers 投手の129°であった。頭を三塁方向に地面と平行になるまで傾けて下から覗き込むような形で投球している。

www.youtube.com

 

分析結果と考察

今回、19-21年のStatcastデータを用いて分析を行った。左腕、アンダースローはサンプルサイズが小さいため、分析の対象外としている。

Fig.3にアームアングル別投球数を示す。最もストレートが投じられているのはθ=50~60° であった。この分布は投手人口の分布とほぼ等しいといってもいいだろう。

Fig.3 アームアングルと投球数

 

Fig.4にアームアングル別平均球速を示す。平均球速は θ=0~80°にかけてほぼ横ばいであることがわかる。細かく見ると、θ=50~60°に小さなピークが見られる。θ=80~90°では明らかな違いが見られ、平均球速は 2km/h ほど低下している。

この結果をそのまま受け取れば、アームアングルはフォーシームの球速に影響しないと結論付けたいところだが、このデータには生存バイアスが含まれている可能性がある点に注意したい。*1

Fig.4 アームアングルと平均球速

 

続いてボールの回転。θが大きくなるにつれ、回転数が上昇している。また、回転軸はθが大きくなるにつれて上を向く傾向がある。θが90° 変化してもボールの回転軸の変動量は35°程度であり、必ずしも一致するものではないようだ。

Fig.5 アームアングルとボールの回転

 

Fig.6はボールの変化量を示している。左図は垂直方向の変化量を示しており、値が大きいほどホップしていることを表す。右図は水平方向の変化量を示しており、マイナスが大きいほどシュートしていることを表す。θが大きくなるほど、ボールはホップしにくく、シュートしやすい傾向にあり、どちらも最大15cmほどの違いが出ている。これは、Fig.5で示した回転軸の違いによるスピン成分の違いが影響していると思われる。

Fig.6 アームアングルとボール変化量

 

このような球質の違いは投球結果にどのような影響をもたらすだろうか。もう少し深掘りしてみる。まずは空振り率*2(SwStr%)。

Fig.7にアームアングル別SwStr%を示す。意外(?)にもθが大きいほど、空振りを誘いやすい結果となった。Fig.8はSwStr%をコース別*3に分解したものである。低めは空振り率がほとんど変わらない一方で、高めはFig.7の傾向とよく一致している。このことからSwStr%の増加は高めのゾーンに限定して起こっているものだといえる。

Fig.7 アームアングルとSwStr%

Fig.8 アームアングルとコース別SwStr%

 

サイドスローのフォーシームはホップしにくい球質であるにもかかわらず、高めで空振り奪いやすいのはなぜだろうか。この解釈には Vertical Approach Angle (VAA) という概念がカギとなる。Fig.9 にVAAのイメージを極端に描いた図を示す。リリース位置が低いと、ボールの飛行軌道は上向き、ライズ効果を得ていることがわかる。このように、ボールのスピンによるライズ効果とは別に、ボールの飛行角度によるライズ効果というものが存在し、これらは分けて考える必要がある。

アームアングルが下がるとスピンによるホップ量は15cmほど下がる(Fig.6)が、これを上回るVAA効果を得たことでSwStr%の上昇に繋がったと考えられる。

Fig.9 リリース位置とボールの飛行軌道

 

続いて打球の傾向。Fig.10にアームアングル別ゴロ率(GB%)・内野フライ率(IFFB%)を示す。θ=0~80° は打球の傾向にほとんど違いは見られなかったが、θ=80~90° ではゴロ率が低下し、弱いフライ(IFFB)が増加している。打球の得点価値(Fig.11)でみると、やはり内野フライが多い θ=80~90° で大きく減少している。

Fig.10 アームアングル別GB%&IFFB%

Fig.11 アームアングル と xwOBAcon

 

最後に失点抑止力(Expected Pitch Value)との関係をFig.12に示す。θ が増加するにつれ、フォーシームの失点抑止力は増加する結果となった。

Fig.12 アームアングルと Expected Pitch Value

- 補足 -
Fig.13に21年MLB投手700人について、アームアングルと回転軸のジャイロ成分でプロットしたグラフを示す。アームアングルとジャイロ角はほぼ無相関という結果となった。

Fig.13 アームアングルとジャイロ角



 

*1:仮にアームアングルがフォーシームの球速に影響していたとしても、「MLBを生き延びるには球速150km/h 以上が必要」という要素が働けば、Fig.4と同じグラフが得られる。

*2:総投球数に占める空振り数の割合

*3:高め:ホームプレートから高さ90-105cmの領域、低め:ホームプレートから高さ45-60cmの領域