ドーム球場では屋根によって日光や風が遮られ、空調設備により温度管理されているなど、屋外球場と環境が大きく異なっている。このような環境の違いは打球飛距離に影響を与えていても何ら不思議ではない。
ところで、現状のNPBではTracking system による打球飛距離データが(残念ながら)一般に公開されておらず、個人での入手が困難である。一方で、打球飛距離に関連するデータとして古くから存在する「本塁打推定飛距離」は個人での入手が可能である。本塁打推定飛距離とは、打球の着弾点から記録員の目視によって推定される打球飛距離であり、その精度についてはある程度留意する必要があるが、今回このデータを活用し、ドーム球場*1における打球飛距離の傾向を掴むことを試みたので紹介する。
分析結果
今回、分析で使用するデータは直近5年分(16-21年)とする。打球飛距離データを見る前にまず、フライ打球を占める本塁打の割合(HR/FB%)の推移をFig.2に示す。屋外球場では春先から夏場に向けて右肩上がりに上昇し、8月にピークを迎え、その後は大きく減少している。このような季節的な本塁打率の変動は、環境要因だけでなく、選手のパフォーマンス変動も含んでいることに注意しなければならない。
一方、ドーム球場のHR/FB%をみると、屋外球場とは全く異なる傾向を示していることがわかる。本塁打のピークは5月であり、夏場は本塁打が増えるどころか減少している。
球場が異なるだけでHR/FB%曲線が大きく変化していることから、”本塁打の出やすさ”はドーム球場の環境的な因子の影響を受けていることが推察できる。
ここでHR/FB%は球場広さの影響を受けるため、異なる球場間で数値を比較する際は注意が必要である。ドーム球場は札幌ドームやバンテリンドーム、京セラドームといったいわゆるピッチャーズパークが多いため、ドーム球場のHR/FB%が低水準なのは広い球場の影響も含まれていると思われる。
そこで球場広さの影響を取り除くために、飛距離125m以上の打球に限定して集計し、フライ打球全体に占める割合(125m/FB%)を算出した。その結果をFig.3に示す。曲線の形は近くなったが、やはり夏場のドーム球場では屋外球場と比べ、飛距離の大きい打球が少ない結果となった。*2
統計分析*3を用いれば、125m/FB%からフライ打球全体の平均飛距離を推定することができる。計算結果をFig.4に示す。125m/FB%の差が最も大きかった7月、8月は1m弱の差という試算結果となった。
考察
以上の分析結果より、夏場のドーム球場では屋外球場と比べ、長飛距離打球が出にくい可能性があることがわかった。
この大きな要因として気温が挙げられる。外気温と打球飛距離には物理学的に密接な関係にあり、気温が高いほど打球は飛びやすくなる*4。Nathan氏の研究によれば5℃上昇するごとに打球飛距離は約1m大きくなるという解析結果が得られている。
冒頭でも少し触れたように、ドーム球場では空調設備により内部の温度がある程度一定に保たれている。東京ドームのHPでは「夏期28℃管理」との記載があり、また、実測検証では26℃前後に保たれていることが確認されている。一方、屋外球場ではナイターでも30℃近いことはしばしばある。先ほどのNathan氏の研究結果を用いれば、2~4℃の温度低下は0.4~0.8mの打球飛距離低下につながる試算となり、Fig.4の計算結果は全くの的外れな値ではないことがわかる。
以上まとめると、
- 夏場のドーム球場では、屋外球場と比べ打球が飛びにくい可能性がある。
- 夏場の屋外球場では外気温の上昇により打球が飛びやすくなるが、ドーム球場では空調設備により温度が一定に保たれているため、この効果が抑制され、相対的に打球飛距離が小さくなっていると考えられる。
今回の分析は本塁打推定飛距離データに基づいたものであり、一定の誤差やバイアスを含んでいる可能性がある。今後、Tracking system データが蓄積され、研究が進めば、ドーム球場特性について様々な発見が得られることだろう。