ぼーの の日記

セイバーメトリクスとか

【NPB】ツーシームのPitch Value分析

2021-2023年NPBの速報データからツーシームのPitchValue(PV)*1を集計し、様々な分析を試みたので紹介する。

なお、本稿におけるツーシームの定義は「ストレートと球速が近く、かつシュート成分をもった球種」であり*2、いわゆる亜大ツーシームのようなフォーク的性質を持ったツーシームは集計から除外している。*3

結論

はじめに今回の分析で得られた結論を以下に示す。

 

  • 平均的なツーシームは平均的なストレートよりもPitchValueが低い(失点リスクが高い)傾向にある。
  • ツーシームのPitchValueは投打の左右の影響を大きく受け、左右が一致するとPitchValueは向上する。ただし、影響の度合いは球速依存性があり、球速が遅いほど左右の影響は小さくなる。
  • 投球コースによるPitchValueの傾向は投打の左右によって大きく異なる。左右一致時は、内角・外角ともに同程度の失点抑止力を有するが、左右不一致時は内角が非常に失点リスクの高い領域となる。

 

このような結論を導いた根拠について、以下に説明する。

ツーシームのPitch Value

PitchValue(PV)とは、各投球イベント(ストライク、ボール、ホームラン、ゴロアウトなど)の得点期待値の増減量を計算し、合算した値である。プラスが大きいほど、より失点を抑止したことを表している。データを解釈しやすくするため、同じ速球系であるストレートと比較しながらデータを見ていく。

Table.1にツーシームのPV値を示す。ツーシームは-177に対し、ストレートは-568であり、ストレートの方が失点量が多くなっている。ストレートはツーシームよりも投球数が圧倒的に大きいので、失点量が大きいのも当然で、100球あたり(PV/100)でみるとむしろツーシームの方がマイナスが大きい。

Table.1 ツーシームのPitch Value

 

なぜ、ツーシームの方がストレートと比べてマイナスが大きいのだろうか。PV/100を投球イベント別に分解して、もう少し細かくみてみよう。Table.2は先ほどのPV/100をストライク利得(Strike/100)、ボール利得(Ball/100)、インプレー打球利得(BIP/100)に分解した結果である。ツーシームはストライク利得が小さく、ストライクの獲得しづらさがPV/100の悪化に大きく寄与していることが分かる。

Table.2 PV/100の内訳

 

ツーシームのストライク奪取について、もう少し詳細なデータをTable.3に示す。CSW%は全投球に占める空振りおよび見逃しストライクの割合を表しているが、ツーシームCSW%はストレートよりも低く、ストライクを獲得しにくいことがわかる。また、SwStr%(全投球に占める空振りの割合)やCS%(全投球に占める見逃しストライクの割合)をみると、どちらもストレートよりも劣っている。*4 CS%の差異については、後述の投球コース分析で考察する。

Table.3 ストライク獲得に関する指標

 

ツーシームのストライク奪取について、もう1点触れておきたい。Table.4に全投球のうち2ストライクで投じられた割合(2Strike%)を示す。ツーシームの2Strike%は低く、2ストライクの場面であまり積極的に投じられていなかったことがわかる。PutAway%は2ストライク時に投じた球がストライク(三振)となった割合を示しているが、ツーシームのPutaway%は低く、決め球としてあまり有効ではなかったことがうかがえる。

Pitch Value計算では、カウントによってストライクの得点価値を変動させており、同じストライクでも2S時のストライクは非常に価値が高いものとして計算される。ツーシームはこのような価値の高いストライクを獲得しにくいため、低いStrike/100に繋がっていると思われる。

Table.4 2Strike%とPutAway%

 

再びTable.2に戻って、BIP/100をみるとツーシームの方が優位な結果となっている。Table.5にツーシームのインプレー打球に関する詳細なデータを示す。インプレー打球の得点価値を表すwOBAconをみると、ツーシームの方が小さく、失点リスクの低い打球を多く打たせていたことがわかる。しかし、Table.2に示すようにこの優位性はそれほど大きくなく、乏しいストライク獲得能力によるマイナスのほうが大きいため、最終的なPV/100は低い値にとどまっている。

Table.5 インプレー打球の得点価値と打球性質

 

打者左右別PitchValue

ツーシームの大きな強みの一つとして、プラトゥーンの活用がある。ツーシームは、ストレートと異なり、左右非対称のボール軌道を描くため、打者の左右によって成績が異なる可能性がある。本セクションでは打者左右の影響について調査した。

左右別のPV/100をTable.6に示す。ストレートは打者の左右によらず概ね同じ値を示しているが、ツーシームは左右一致時に失点抑止力が向上する傾向がみられた。

Table.6 左右別PV/100

 

この傾向の要因として、打球の得点価値(wOBAcon)の違いが大きく影響していると思われる。Table.7に左右別のwOBAconを示す。ストレートは左右に関係なく同じwOBAconを示した一方で、ツーシームは左右一致時に低くなる傾向を示した。打球性質の内訳をみると、左右一致時のツーシームは内野フライ率(IFFB%)が高く、弱いフライを多く打たせていたことがわかる。

Table.7 左右別wOBAcon

 

球速帯別に同様の集計を行うと、興味深い傾向がみられたので紹介する。Table.8は球速150km/h以上と150km/h未満の2グループに分けたときの左右別PV/100を示している。

ツーシームを見ると、150km/h以上では非対称性が顕著に表れているが、150km/h未満では消失していることがわかる。MLBでは、このような傾向はみられず*5NPB特有のものであると思われる。*6

Table.8 球速帯別左右PV/100

 

投球コース別PitchValue

続いて、投球コース別に集計したPitch Valueデータをみていく。高さ方向のコースについては有用な情報が得られなかったためここでは割愛し、主に左右方向について紹介する。

Fig.1に左右方向の投球コース別のPitch Valueを示す。まず左右一致時のグラフをみると、ストレートとほぼ同じ分布となっていることがわかる。細かく見ると、内角側でわずかにツーシームが上回っているが、その差は小さく、誤差レベルといってもいいだろう。

一方、左右不一致時は明確な違いが見られる。特に内角側で大きな差があり、ツーシームは大きく劣っていることが分かる。Fig.2に左右不一致時のwOBAcon 分布とGB%  を示す。やはりwOBAcon分布も内角側で大きな開きがあり、ツーシームは高い値を示しており、これがPitchValueの低下につながっていると思われる。ところで、GB%分布に着目すると非常に興味深い傾向がみられる。ツーシームはやや沈む球質であるため、基本的に高いGB%を示すが、これは内角も例外ではなく、ストレートよりも高いGB%を示している。通常、高いGB%は低いwOBAconにつながるが、今回のケースはこの傾向から逸脱している。この理由を探るには、もう少し詳細な分析が必要である。

参考までに、左右一致時のwOBAcon分布とGB%分布をFig.3に示す。内角に食い込むツーシームは弱い打球を打たせやすいとよく言われるが、wOBAconでみると実はストレートとほとんど変わらない。GB%でみると確かにツーシームの方が高いが、それは外角でも同じことが言える。

Fig.1 投球コースとPitch Value

Fig.2 左右不一致時のwOBAcon分布とGB%分布

Fig.3 左右一致時のwOBAcon分布とGB%分布

 

先のセクションで「ツーシームはCS%が低い」と述べたが、投球コース解析により、その要因を探ることができる。Fig.4は左右一致時のCS%とPitch%(投球割合)の分布を示している。CS%分布をみると、ツーシームの方がストレートもよりも若干低いが、その差はそれほど大きくない。Pitch%分布に注目すると、ツーシームは内角に投球分布が大きく偏っており、ストレートと全く異なる分布を示していることが分かる。内角は見逃しストライクが獲得しにくい領域であり、この分布の偏りがCS%の低下を招いていると思われる。参考までに左右不一致時のグラフも載せておく(Fig.5)。CS%分布は概ね左右対称となっており、投球分布の偏りは特に影響しない。

Fig.4 左右一致時のCS%分布とPitch%分布

Fig.5 左右不一致時のCS%分布とPitch%分布

 

[参考] ツーシーム習得による他球種への影響

最後に、ツーシーム習得による他球種への影響について紹介する。ツーシームは、投球の幅を広げるために習得するケースが多いが、その効果についてPitchValueによる定量を試みた。今回行った分析は非常に簡易的なものであり、様々なバイアスを含んでいることが考えられる。データはあくまで参考程度に見ていただきたい。

ある年 X と X+1 で投じられた球種を比較し、片方の年のみにツーシームが含まれる選手を抽出し、PitchValueを集計した。Table.9はツーシーム以外のすべての球種を集計したPV/100を示している。どちらもほぼ同じ値を示し、ツーシームの影響はほとんどないように見える。

Table.10はストレートのみを集計した結果である。こちらははっきりとした差が表れ、「ツーシーム無」のほうが高いPV/100を示した。ではツーシームと相性の良さそうなスライダーはどうだろう(Table.11)。こちらは「ツーシーム有」の方が高いPV/100を示した。

Table.9 ツーシーム有無の影響(ツーシーム以外の全球種)

 

Table.10 ツーシーム有無の影響(ストレート)

 

Table.11 ツーシーム有無の影響(スライダー)


最後に

マイナスな面ばかりが目立つ結果となったが、今回の結果は決してツーシームの存在を否定するものではない。選手単位でみればツーシームの球質は様々であり、失点抑止に有効であるかしっかりと見極める必要がある。

とはいえ、多くの選手にとってツーシームはリスクの高い球種であり、安易に採用するものではないと感じている。

 

*1:PitchValueとは、各投球イベント(ストライク、ボール、ホームラン、ゴロアウトなど)の得点期待値増減量を計算し、合算した値である。プラスが大きいほど、より失点を抑止したことを表す。

*2:MLBでは "Sinker" と表現されることが多い。

*3:具体的には、「ストレートとの球速差8km/h以上」または「Whiff%(空振り率)25%以上」に該当するツーシームはフォーク系として除外した。

*4:ちなみに全投球に占めるファウルによるストライクの割合はツーシームが13.8%、ストレートが12.9%とツーシームの方がわずかに有利だが、総ストライク数の関係はストレート>ツーシームで変わらない。

*5:投打の左右を考慮したシンカー(ツーシーム)の球速帯別変化グループのStats|Namiki

*6:

150km/h未満の傾向について、もう少し深堀りしてみよう。まずはPV/100をイベント別(Strike、Ball、BIP)に分解してみる。(Table.12) 意外にも左右一致時のPV/100悪化に最も寄与していたのはBIP/100という結果となった。

Table.12 PV/100の内訳

 

実際にインプレー打球の失点リスクは高かったのだろうか。Table.13にwOBAconを示す。左右一致時のwOBAconは左右不一致時よりも低く、予想に反する結果となった。

Table.13 左右別wOBAcon

 

なぜwOBAconが低いにもかかわらず、BIP/100の悪化に繋がったのだろうか。投球全体に占める被打球の割合(BIP%)に着目すると、その理由がわかる。左右不一致時のBIP%は17%程度であるのに対し、左右一致時のBIP%は22%と高い数値を示した。PitchValue計算では、wOBAcon .320を超える打球は基本的にマイナスとして計上される。つまり、左右一致時の.355はPitch value的にみると失点リスクの高い打球であり、BIP%が増えるほどマイナスは膨れ上がってしまう。

今回のケースでは「wOBAcon低減によるPV改善効果」よりも「BIP%増加によるPV悪化作用」が上回ったため、BIP/100の悪化に繋がったと思われる。MLBでは、「wOBAconの低減によるPV改善効果」の方が強く働く傾向にあるため、BIP/100は基本的に改善方向にシフトする。なぜNPBMLBでこのような違いが表れるかはよくわかっていない。さらなる分析が必要である。